第二十四話 穴場と言う名の誘惑U (上)

其の先に有るカーブを曲がると 其処は見慣れた何時もの風景とは もう違っていた 僅かに伝わる波の音
風が運んで来る潮の香 身を伸ばし彼方を望むと 視界の先には群青に覆い被さる日本海が・・・・・・・・・・
其処でふと考え込んでしまった? ”何で俺はこんな処へ立っているんだ?” 海釣りなんて やった事も
無ければ興味さえ無いぞ いや違う渓流そう渓流釣だぜ 潮騒のBGMに 身支度へと掛かる オイオイ!
何て場違いなスタイルなんだ 海岸沿いの観光地へと向かう家族連れの車が 路肩に立つ 私の傍らを
物珍しそうな視線を置いて すり抜けて行く 人目を避けるように車道に背を向けて 路肩から竿を延ばした

石積みの護岸が続く足元に沿って 餌のミミズが
舐めるように流れて行く 川幅は広い所でも3bも
無く 台風による出水に流されたのか 不燃物の
生活ゴミが 川岸の木枝は高い所に所々残る
お世辞にも 釣趣をそそるとは 言い難いものだ
まっ たまにはこんな釣も 悪かあ無いもんさ
自らに言い聞かせ 開き直って竿を振った。

緩く段落ちとなった 流れの際から何かモゾモゾ
したサインが ダイワ華厳三間から伝わって来た
ん 前あたりの 糸ふけを見落としたか?
ホイ!とばかり 軽い手首の返しで合せを呉れる
クッ! クッ!”とした明確な魚信は 何時も
ときめく其れとは 何か違うような反応?
一気に引き抜いた魚体を握り見つめると 現状の再確認となってしまった ”ハゼじゃん” 刺身にも向く
中々の良形 色は黒っぽく其れまで見た事の無い魚体だ 後日ハゼに詳しい釣り好きの友人が語るには
其の魚は トラハゼと教えられた? まっトラでも何でも ハゼはハゼやんそんなもん釣りに来たんじゃあ
ねえぞ。 仕方無いハゼ釣りなんてえものに挑戦してみるかい ”よし こうなりゃもうハゼの入れ食いだ
半ば自棄気味に強がってみた。
フト人の気配を感じ振り向くと 何時其処まで来ていたのか 直ぐ其処に止まる軽トラの車窓から 此方を
じっと凝視する地元の親父 見ない振りして竿を振り続けていると とうとう件の親父 車から降りて 此方
向け歩いて来やがった 不快な表情をモロ現していただろう 此方の心中をまるで気にするそぶりも無く
話し掛けて来る。
何釣ってるかね〜?
さあ〜 何が釣れるんじゃろうか?
親父は 私の格好を舐めるような視線で 上から
下まで見ると
ワシも渓流やるけど ここいらで竿だす釣人は
見た事ねえな〜
そりゃあ こんな処で釣りするん奴は 余程の
物好きか でなきゃあ可也のアンポンタンだろ

うて・・・
自嘲気味な言葉を 投げ捨ててやった 親父は
私のあからさまな不快感にも意に介さず 後ろに
付いては 離れなく成った・・・・。   背後より
覗き込んでは ”ふ〜ん!成る程 うんうん”と
一人納得してやがる ちっ!もう勝手にしやがれ。
何処までも付いて来かねない親父に 何とも
煩わしく成り 遡行のピッチを上げた・・・・・・・・・
此処まで来りゃあ”と振り返ると 一定の距離を保っては 何処までも付いて来やがるじゃあないか?
はいはいもう私の負けですがね 親父の存在を無視 忘れたように釣りに集中して行った 小さなトロ状
に成る流で 目印が”ス〜ッ!”と 上流向け走った 此れまでと違うサインに 紛れもない渓魚のアタリ
幾分下流向けて合せを呉れてやると ”ブルブル!”と 水面を割 胸元に飛び込んで来た姿は まさに
渓魚 そうヤマメなんです! 飛び上がらんばかりの 感動を抑え 竿を放り出しては魚体をまじまじと
見下した ん?ふと後ろを振り返り視線を上げて行くと 目を大きく見開いて 身を乗り出し覗き込んでる
親父の姿がそこに 深く溜息を付くと ”やはり居たんだ〜” ”やはりな〜うんうん” ”嬉しいな〜うん
一人勝手に 感動しては喋り捲ってやがる ああもう好きにしてくれ その場から逃げるように 護岸を
飛び降り 流を横切ると上流向け急ぎ足で進んだ  流のカーブした先で太目の木立 其の下の笹薮に
身を沈めた・・・ そっと其方を覗いて見ると 件の親父 まだ私が見えなくなった此方を眺めていやがる

其処からの釣りは ヤマメとハゼの入れ掛り状態と成った その比率が半々から 3対1に! 終には
ヤマメだけと成り 流れの何処からでも水面を割った 魚影のすこぶる濃い川だが釣れて来るサイズは
小型の物が多く 物足りなさを感じ出した。

・・・・酔いどれ渓師の一日 第二十五話 穴場と言う名の誘惑U(下)につづく・・・・

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